ひとりごと
私の洋服人生は「古着に始まり古着に終わる」

それがDhalの洋服を作る理由であり
生地にこだわる理由である
’古着と新品’ と’ 古着という新品’
前書き
私は大人になっても子供から抜け出せずにいるのかも知れない。
新品が沢山買えるようになってからもなお、死ぬまで古着を着ていたい、愛していたいと思った。今も変わらずそれを想い願っている。だから私は洋服を作るのだ。私にとっての洋服は全て古着なのかも知れない。
第1章 始まり
お古と古着
長女の私は幼い頃から新品を着せてもらっていた。次女三女は私のお古を着て、新品が良いと羨ましがった。「お姉ちゃんばっかりずるい。私たちはお古ばっかりやん。」よく耳にした。そんな思いをしている妹たちを横に、私は着古したお気に入りの洋服を手放し、お古をどこか羨ましいと思っていた。
私の古着への熱はそこから始まったのかもしれない。
早く大人になりたい
物心つくと母や祖母、父や祖父の物を着て1人ファッションショーをしていた。祖父のスラックスはおそらく高価な物ではなかったのだけれど、プレスの入ったズボンをカッコいいと思っていた。父の履き古したリーバイスのデニムも、母の一張羅の糸瓜襟(へちまえり)にレースがあしらわれた肩パッド入りのシルクブラウスも、眺めてはいつか着てみたいと思っていた。小学生の肩には大きすぎるブラウスが、早く大人になりたいと思わせてくれた。忙しく働く自営の祖父と祖母、両親、山と川しかない田舎で育った私には洋服しか遊び道具がなかっただけなのだけれど。
無いなら作ろう
年子の三姉妹に生まれた私は、聞き分けの良い無口な長女だった。
無論洋服を買って欲しいと親にせがむことは、長女として恥ずかしいことだったし、3人の娘のことを平等に考えないといけないとしている親に、そんな事は言えなかった。ならばあるものでなんとかしよう、無いなら作ろう、田舎者の私にはそれしか手段がなかった。とにかく世話をかけたく無いと幼いながらに思っていた小学校中学年の頃の私は、洋服を作ることを1人でずっと考えていた。夢中だった。目の前にある物を解体して、切り刻んで、縫って、破れてまた縫って。ある時は前身頃と後ろ見頃は同じ型紙でも良いと思って前開きのブラウスを作った。背中の生地に対して前の生地が足りなくて付け足したものが前立てなのだと大人になってから知った。
お金がないから古着
リーバイスとの出会い
生地への目覚め
良いと悪いの分別
悪いを良いと理解できた時ようやく生地を知れた
生地をどう料理するかがセンス
いつか古着屋さんで、こんな面白いものがあるのだと拾ってもらえたら嬉しい。
いつか来世、50年後にDhalと出会えますように
つづく